<日常からの脱出2>−Black
& White−
金曜日、夜−
事務所の壁にかけられたお世辞にも洒落ているとはいえない
白地に黒文字の時計の短針が”7”の数字を指す
それを合図にしたかのように、彼は使い慣れたペンを引き出しに投げ込んだ
一人で暮らす部屋に戻り、ナンバーロックのドアを開けると
12時間以上閉じ込められていた生温い空気が彼を迎えた
「ただいま」 − 返事をする物などありはしないのだが、彼は1年前からそうしてきた
少しばかり草臥れてきたワイシャツの白い襟からネクタイを引き抜き、椅子の背に放り投げる
うまく掛かることもあるが確立は50:50だ
ホワイトカラーのシャツを体から剥ぎ取るように脱ぎ、ブラックレザーに身を包んだ彼は
右手にヘルメット、左手にグローブを持ち、部屋のドアを無言のままに閉じた
植え込みにつながれた極太のワイヤーを解き、汚らしいカバーを外す
そこには彼の所有するオートバイが静かにたたずんでいた
銀色に塗装されたガソリンタンクにそっと手を伸ばすと金属の冷えた感触が伝わってきた
そうだ、こいつは機械なんだ・・・
当たり前のことだが、彼にとってのそれは大変悲しい思いのする再認識だ
しかし、チョークレバーを引き、セルモーターを回すと、周囲の空気を震わせて
1300ccのエンジンが目覚める
彼は泣きたくなるほど嬉しかった
グリーンに怪しく光るゲートにさしかかり、700円を手渡す
シフトを1速に蹴り込み、クラッチをミートするとリアタイヤがアスファルトに噛み付く
彼は轟音を後方に置き去りにして加速車線から飛び出していった
白く光るいくつもの街頭は地面でも空でもない地上約20m程の高さのその場所を照らし、道を作っていた
ふと、空を飛んでいる気にもなるが、目の前に迫った4輪のテールランプで我にかえる
空気の壁を感じる一歩手前のスピードで
低い位置に浮かぶ円く満ちた月を掴もうと走りつづけると
潮の香りが彼の鼻をくすぐる
視界に飛びこんできた表示を確認し、本線から離れて海に向かう
人気の全く無い寂れた埋立地に入り、エンジンを切る
物音ひとつしない黒い空間に白く満月が浮かび、ゆれる海面に光を落としていた
左腕の時計がもう日付を変えようとしていた
彼は2週間前に、このときの為にと手に入れたお気に入りのタバコのパッケージを開け、火をつけた
白く浮かぶ満月に向かって煙を吐き出し
もう一度時計に目を移す
彼は日付が変わったことを確認し
もう一度微笑を含んだ口元から煙を吐き出した
この日、彼は1つ歳をとった
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